<連載2>私を起業へと突き動かしたのは、自分自身への強い怒りだった。

私の起業ストーリー
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ビジョンを描くだけで
時間と場所に縛られない人生を創る

ライフデザインナビゲーターの
くましろみのりです。

連載記事としてお伝えしている
私の起業ストーリー。

連載第1話では
会社員時代に男性社員に
負けないようにとガムシャラに頑張って

会社の中で数少ない
女性管理職になった私が

30歳で結婚し出産した途端に
マミートラックという
キャリアアップとは別の道に乗ってしまった。

という話をしました。
今回は一度はマミートラックに
乗った私が

自らそれを降りて起業に踏み出したのは
なぜだったのか?
というお話をしますね!

育児休暇から復帰後、上司に言われた言葉

妊娠がわかった当時、
私は24時間営業店舗の
店長をしていました。

仕事は基本的に立ち仕事で
体力的にも8時間のフル勤務で
働くことが難しくなる上に

夜中でも店舗でトラブルがあれば
電話がかかってきて
24時間対応するのが当たり前の
状況でもあったので

店舗管理は他の店長に任せ
妊娠中期ごろから特別に
本部のデスク職に席を置かせてもらい

そのまま1年間の
産休&育児休暇に入りました。
そして1年後、復帰前の面談で
上司に言われた言葉。

「他の社員と同じように
働けないなら模範にならないので
管理職を降りて
店長のサポートに回って欲しい」

自分一人の時は普通に出来た
夜勤も土日祝日出勤も
子どもがいたら出来ない。

何より今後は
子どもが熱を出した時に
シフトに穴をあけることになる。
その状態では確かに他の男性社員と
同じように働いているとは言えないなと
思ったので

私は一般社員に降格して
平日の日中だけの時短勤務
という働き方を選びました。
私がマミートラックに
乗った瞬間でしたが
これは自ら選んだことでもありました。

キャリアよりも、仕事と家庭を両立しようと決めたものの…

独身時代は
「男性には負けたくない!」
「女性でも認められたい!」
という思いだけで突っ走っていた私も

育児休暇で入社以来初めて
仕事から長い期間離れて
家族を中心とした生活を送ったことで

仕事だけが自分の人生ではなく
家族との時間も大切にして
生きていきたいと思うように
なっていました。
なので復帰してからの私は
自分のキャリアよりも

いかに仕事と家事育児を両立して
バランスをとってやっていくか

そこに重きを置いて
毎日を過ごすようになりました。
ですが次第に、
悶々としてくるのです…。

 

当時私は社員で唯一の
時短勤務を許可してもらい
シフトも子どもの状況に合わせて
優遇してもらっていました。

会社側としては
数少ない女性社員である私が
長く会社にい続けられるように
最大限のサポートをしてくれていたのですが…

管理職から時短の一般職に
なったことでお給料は半分以下
に減りました。
さらに仕事する上での
様々な決裁権も失ってしまったので
私は仕事でのやりがいを
一気に失ってしまいました。

それでも勤務中は
それまでの経験を生かして
店長とスタッフ間の軋轢をなくし
スムーズな運営をするために奔走し、

家に帰ってからは
家事と育児でひたすらバタバタして
押し出されるように1日が終わる。
次第に私は職場でも家でも
常に何かに追い立てられているような
感覚に陥るようになりました。

「私って、一生このまま生きていくのかな…?」


独身時代は「仕事の虫」と
自負するほどに仕事に没頭していた自分が

もはや生活費のためだけ、
家族のためだけに働く
ロボットのような自分に
なっていることを自覚した時に初めて

私って、一生このまま
生きていくのかな…

と、

絶望的な気持ちに襲われました。

男性社員に家族ができ、
子どもが生まれたなら

「もっと仕事頑張れよ!」
と叱咤激励されて
さらにキャリアアップする道に
邁進していくようになる。

だけど私は
子どもが生まれた瞬間に

「仕事と家事育児を両立しながら
出来るだけ仕事を続けられるように」

とマミートラックに自ら乗って
たどり着いたのが

生活費のためだけに
割り切って働いている、

そしてその仕事が終わって
家に帰っても家事育児で疲れ果て
子どもの前でも笑顔でいられない

仕事も子育ても全て
自分が思うようにできない
中途半端な状態で

もはやなんのために働いて
生きているのか分からないほどに
息苦しい日々だったのです。

心の奥底にあったのは、自分への激しい怒りだった

それに気づいた
私が最初にしたことは

「これって、
おかしいんじゃない?」

と自分に
問いかけることでした。

同じ社会人としてスタートして
男性と同じように頑張ってきても

女性は結婚や出産などの
ライフイベントに大きな影響を受けて
キャリアを制限されてしまう

そんな組織の構造や
ひいては日本社会の構図に
最初は理不尽さや憤りを感じましたが

そんな自分の気持ちを
さらに深掘りしていくと

何より私が怒りを感じていたのは
「私自身」に対してでした。


結局自分は、女性だから…

お母さんだから…

妻だから…

だから今の働き方や
生き方しかできない。

そんな風に自分自身に
自分以外の役割をくっつけて

それによって
自分の可能性に蓋をして
自ら制限をかけてしまっている

そんな自分自身に
心の奥底で大きな悲しみと憤り
を感じていたのでした。

シゴトも家庭も人生も諦めなくていい道を、自ら創る!と決めた


そして私は二人目の子どもの
出産と育児休暇を経験し、
2度目の職場復帰をした3ヶ月後に
会社を辞めることを決意します。
会社という組織の中で働く限り、
自分の仕事人としての人生か、
家族を大切にする人生か

どちらかしか選べない。

どちらも手に入れようなんて贅沢だ。

当時の私はそんな考えが
「当たり前」の世界で生きていました。
だけど私はたとえ贅沢だとか
わがままと言われたとしても

仕事でのやりがいも感じながら
家族との時間や自分自身の人生も
どれも心から思いっきり味わって

人生の終わりに後悔せずに
笑って死ねるような生き方を選びたい。

自分の可能性に蓋をしないで
生きれる道が今目の前にないのなら

自分でその道を創ればいい!

そう思ったんです。
出産を機に会社でのキャリアを降りて
マミートラックに乗った時から3年後。

今度はそのマミートラックを自ら降りて
私は個人事業主として
まだない道を歩き始めました。

これが私の一番最初の
起業スタートであり、

今現在私が、女性を対象にした
ビジネス創造ナビゲートをしている
“原点”でもあります。

周りから心配されながらも
まだ見ぬ未来にワクワクしながら
歩み始めた起業の道。

ですがその道は1年後に
どうにもこうにも進めない
八方塞がり状態になる道だったのです…

 

連載3話に続く▼
<連載3>やりがいはあってもお金がどんどん減っていく…!

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