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実り多き人生

早起き&片付け・断捨離で、自分らしい人生をつくるブログ

【やりたいことを先送りしないコツ】条件が整うのを待ってる間に、人生は終わってしまうという話。

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おはようございます!みのり(@minorijinsei) です。

 

先日、子どもの保育園行事で山登りがあり、私も一緒に参加してきました。

元々昔から山登りに興味はあったけど、ほとんどトライしたことがなかった私。

今回、超初心者コースを子どもたちと一緒に1時間半かけて登り、頂上についた時の爽快感に「山登り、楽し~!!また登りたい!」とテンションが上ってしまいました。

 

ただその後一番最初に考えたことが、今までの私の残念な人生パターンを表していることに、はたと気づいてしまったのでした。

目次 

「やりたい」という気持ちよりも先に、条件を整えようとする悪癖

登った山の途中や山頂の景色は、それはもう美しくって。山の景色や鳥達の鳴き声にいちいち足を止めては感動しきりでした。

景色だけじゃなく、ただひたすらに土を踏みしめて「歩く」という行為自体も、頭が空っぽになっていく感覚が最高に気持ちよくて。

運動不足の体には応えたけど、山頂まで登って降りた頃には、

 「こんなに気持ちいいなら、また山登りしたい!」と思ってました。

 

でも、その後すぐに私が考えたのはこんなこと。

  • 「でも靴とウェアを揃えないといけないから、すぐにはできないなぁ。」
  • 「全部揃えるとどのくらいお金かかるのかなぁ」

 

今回は幼児も登れる小さい山ってこともあって、ジャージとスニーカーで山登りできちゃったんですけど、今後も山登りするならきちんと準備してからじゃないと…って思っちゃったんですよね。

 

これ、私の悪い癖なんです。

 

何かを「やってみたい」って思った時に、形をまず整えようとして、それができないと行動に移せない。

その悪癖によって、興味を持ったのに実行できなくてそのままにしてきたことは今までに数えきれないほどあります。

ブログだって本当は何年も前からずっとやりたかったのに、新しいPCを買ってから…なんて条件付けてしまい、なかなか始めることができなかったし。

 

特に純粋に自分の趣味としてやりたいものって、結局やらなかったとしても誰にも迷惑がかからないと思うので、ついついおざなりしてしまいやすいんですよね。

 

先送りすることは、未来の自分への迷惑行為

「やりたい」と思っても、自分が考える条件が整わないからと実行に移せず過ぎてしまった日々。

あの時の私は「まぁやらないことで誰かに迷惑をかけるわけでもないし」って思ってたかもしれないけど、いやいや。

めちゃくちゃ迷惑かかってますから、今の私に。

 

結局やらなかったことを何年も先に思い出しては

「あぁ、こんなことしたいって昔は思ってたなあ」

「あの時あれを始めていたら、私の人生何か変わっていたかなぁ」

なんて、やり残し症候群に陥ってしまう私が今ここにいるわけです。

 

やり残したと思うのであれば、その時からまた新たに始めたらいい。

という考えもあるかもしれないけど、やりたいことやものによっては、年齢的な体力や環境が必要になるものもあるから、場合によっては「チャンスはあの時しかなかった」ってこともある気がします。

 

だから「やってみたいけど、すぐには出来そうにないから今は置いといて未来の自分に任せよう」なんて思ってちゃダメだ、って思うんです。

それがその場限りの思いつきで、未来の自分の興味の外にあるものならそれでいいかもしれないけど。

 

でも人間なんて本質的に惹かれるものはそう変わるものじゃないと私は思っているので、昔の私が「やりたい」って思ったことは10年後の私も心の奥底で思い続けていることのほうが圧倒的に多いんです。

 

なので、今の私が「やっぱり山登りしたい」と思ってるのに、「道具が揃ってないから」って理由でまたさらに未来の私に始めるきっかけを任せてしまうのは、それこそ10年後の40半ばになった私にとっては甚だ迷惑な話なんじゃない?って思ったのでした。

 

完璧じゃなくていいから、とりあえず小さな一歩を踏み出す

じゃあ、未来の自分に迷惑をかけないためにはどうしたらいいのかって言うと、

準備や環境がどうのとか言ってないで、とりあえずやれる範囲でやってみる

しかないと思うんです。

 

山登りで言えば、最初っから装備を固めて本格的な登山を目指そうとしない。

今回登ったような小さな山なら、また同じような格好で登っても問題はないし、最低でも登山靴さえ用意すればとりあえずOKとする。

 

もしかしたら何度か登ってみて「やっぱりなんか違う」って思ってやめるかもしれないし。それならそれでOKで、「登山やってみたけどハマらなかった」ってわかれば、気持ちに区切りもついて、また新たな興味に目を向けることができると思うのです。

 

それこそ先に装備から固めてしまっても、結局ハマれなくて装備もお蔵入り…なんてのもよくある話じゃないですか。

確かに「おしゃれな山登り用ウエアを着て、(素人だけど)玄人風に山を登る私」なんてイメージに憧れないわけでもないですが、私が山登りで得たい本質的なものはそこじゃないと思うので、そこは変に回り道するところじゃないよと。

 

だから私が「また山登りしたい!」っていう自分の欲求に気づいた時に、まずやるべきことは何かというと、装備のことを考えるんじゃなくて、

「次の休日の天気を調べる」とか、「登る山の情報をもっと得る」とか。

「山を登る」という行動に繋がる小さな一歩を踏み出すことなんじゃないかな。

 

やりたいことを、さらっと始められる人になる

このブログを始めるのにも何年もかかった私だけど、始めてからは今までやりたいと思いつつも先送りにしてきた他のことも、少しずつ行動に移せるようになってきました。

それはこのブログという、行動したことに対する格好のアウトプット場を見つけたからだと思っています。

私は今、行動して得たことをブログを通してアウトプットすることで、また新たなアイデアと行動に繋がっていく、という螺旋状の循環の中にいます。

 

それにしても今回の山登りも含めて、新たにやりたいことがドンドン増えていく自分に少しとまどいも覚えています。

そんなに一気に手を広げて大丈夫かって。

でも、よくよく考えてみると、その「やりたい」ことのほとんど全てが20代の頃、それこそ10年以上前から心の底で思っていたことなわけです。

 

それに気づいてしまうと、もう先送りする気にはなれないんです。

次の10年まで待つ頃には、「体力的に無理だね」ってなる可能性がないとはいえないし、そもそも10年後どころか、明日私がまだ生きている保証もないわけです。

 

そう考えると、やりたいことはグダグダ言わずにさらっと始めてしまった方が、結果はどうあれ、やり残し症候群に陥ったまま死んでいくより、人生の密度や満足度が圧倒的に高い気がする。

 

そんなことを、この本を久々に読み返しながら考えました。

生まれながらのワクワクを追求することこそ、もっとも責任ある生き方であり、人間として一番大切な行為なのです

 

本文中のこの言葉をポケットに入れて、とりあえず次の休日は山登りを楽しんできます。

 

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