実り多き人生

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「おせっかい恐怖症」の私が、好きな人におせっかいすることを自分に許そうと思うようになるまで。

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おはようございます!みのり(@minorijinsei) です。

 

普段人から「バッサリした性格だね」とよく言われる私ですが、必ずしも「そうでーす!バッサバッサでーす」とは言い切れない部分も持っています。

 

私、人におせっかいをするのが極端に苦手です。

本当に親しい間柄ならあんまり気にせずにできることでも、まだちょっと距離がある相手だと、気を利かせてやってあげたら喜ぶかもってことも、「こんなことして逆に迷惑じゃないかな?」なんて必要以上に考えてしまって。

 

結局何も行動できなくて、相手には逆に「気が利かない人」って思われたんじゃないかなとか、さらに苦悩・・・。

ここらへんだけ見ると、全然バッサリどころかジメジメしてますね。普段たいていのことは気にしないんですけどね。

 

でも最近はその「おせっかい」に対してちょっと気持ちの変化があったので、考えをまとめてみようと思います。

 目次 

 

「おせっかい」をするのはなぜ怖いのか

相手の欲しくないものをあげてしまうかも

「おせっかい」って、相手が明確に望んだわけではないことを、良かれと思ってする行為っていうイメージがありますよね。

自分がとった行動が相手のニーズに合致してて、喜んでくれるならいいんです。

でも、それが微妙にずれてたりして、表面上は喜んでくれても、心のなかで

「いやいやこういうの望んでないし」とか思われたら嫌だな…っていうのが、私が「おせっかい」をするのが怖いと思う第一の理由です。

 

ダイレクトに好意を伝えることの気恥ずかしさ

「おせっかい」って、私の場合は相手に好意があるからやきたくなるんですよね。

正直どうでもいい人にはおせっかいしようなんて気はおきません。

「この人の役に立ちたいな」って思うからおせっかいしたくなるんだけど、それをやることで、私が相手のこと好きだってダイレクトに伝わってしまうのが恥ずかしい…。

ツンデレですかね。

 

自己満足っぽくて嫌だ

本人が「こうしてほしい」って明言したわけではないことを、先回りしてやってあげる。そんな自分に酔ったり、満足してしまいそうな感じがなんだか受け入れられない。

結局は相手のためじゃなくて、自己満足のためなんでしょって私自身に思ってしまうから、なかなか行動に移せないんですよね。

 

それでもなぜ、私は「おせっかい」をしたくなるのか

相手の笑顔をただ見たいから

自分が好きな相手を喜ばせて、笑顔を見たいから。

どれだけおせっかいが怖くてもこの欲求が大きすぎて、おせっかいをしたくなってしまうんですよね。

ほんのちょっとしたことでも、好きな人の言葉にはあがらないニーズを満たしてあげて、欲しがってたものをプレゼントしたり、困ってる問題を解決する手助けをしたり。

それで相手が喜ぶ顔を思い浮かべると、いらぬ世話だとわかっていても、やきたくなってしまうのです。

結局は自己満足なのだ

だから結局は私にとっての「おせっかい」は自己満足の塊なんですよね。

相手が喜んでくれそうなことをすることで、結果的に自分が満足したいだけなんです。

今まではそのことをちゃんと認識できずに「相手のために~」なんてキレイ事ぬかして一人でウジウジしてたから、行動に移せなかったんだな、と。

 

それに気づかせてくれたのは、近所に住む夫の母、つまり私のお姑さんでした。 

お姑さんに学ぶ、「重くないおせっかい」

私のお姑さんはおせっかい上手

世の中見ると、おばさんっておせっかいな人多いですよね。(自分も「おばさん」に含まれるのかどうかという問題はおいといて)

こっちが頼んでもないのに「あれいるでしょ、これが必要でしょ」ってなんでもかんでも世話を焼きたがる。

それは実際にしてもらって嬉しいこともあれば、「いやそんなのいらんし」ってなることもあって。

 

その点、私のお姑さんはとっても上手で、周りの人の好きなモノコトを普段の会話から覚えておいて、次会った時にさりげなーく渡してくれるんですよね。

 

自分の息子である私の夫はもちろん、私や子どもたちの好きな食べ物をよく覚えてくれていて、実家に行くたびにさっと出してくれたり。

お姑さん自身が食べないものでも「みのりちゃんが前にテレビ見て食べたいって言ってたのを出先で見つけたから」って用意してくれたり。

 

そういうことをしてもらうと

「私の言ったこと、ちゃんと覚えてくれてるんだ」って、大事に思われているのを感じて、毎回心が暖かくなります。

 

自己満足だと割り切ってるから、受け手も重荷に感じない

で、お姑さんのおせっかいは「押し付けがましくない」んですよね。

たまに、「こんなことまでよく覚えてたね!」ってびっくりするようなモノをくれたりすることもあるんですけど、そんな時のお姑さんは「あー、すっきりした!」って感じの顔をしてるんですw

お姑さんは、相手をびっくりさせて喜ばせることで、お返しを求めたりしてるわけじゃなく、ただただ自分が満足したいからしてるだけなんですよね。

 

それがお姑さんの顔を見ててわかるので、結婚したばかりのころは「お返ししなきゃ!」って毎回焦ってた私も、今ではリラックスしてそのおせっかいを受け取れるようになりました。

もちろん、ふいにこっちからも「プチ・サプライズ」を仕掛けてみたりして。

これもほんとにちょっとしたことでもお姑さんがすごく喜んでくれるので、私も嬉しいんです。

 

そうやってお姑さんとの間でのやりとりを続けてきたことで、私の中のおせっかいに対する過度な恐怖心が少しずつ薄れてきたような気がします。

 

「おせっかい」は自分のためにする

友人におせっかいすることで、私自身がほっとした。

先日、年に1回くらいのペースで会っている友人に2人目の赤ちゃんが産まれたので、お祝いをもってちょっとだけお家におじゃまさせてもらいました。

 

事情があって里帰りをしなかった彼女は、ご主人が仕事で忙しくてなかなか家に帰ってこれないので、家事も上の子&赤ちゃんのお世話も結構一人でやってしまっていて。

「無理したらダメよ~って言われるけど、どうしようもないもんねぇ」って。

 

もちろん「何かできることがあったら小さいことでもいいから連絡してね」って伝えたんですが、「ありがとう!」っていいつつも、気丈な彼女はなかなか頼んではこない気がします。

 

私が料理上手なら、お惣菜作って届けたりできるんだけどなぁ~なんて考えてた帰り道に、彼女がその日の会話の途中で「梅干し食べたい」って何気なく口にしてたのを思い出して(渋い、でもわかる)。

思わず近くの道の駅(産直の野菜とかお惣菜を売ってるところ)まで車をとばして、美味しそうな梅干しや、カルシウム採れそうなうなぎの骨せんべいなんかを購入しちゃってました。

 

いらぬおせっかいかな~、逆に気を使わせてしまうかな~なんて思ったけど、好きなもの食べてちょっとでも元気になってくれると嬉しいなと思ったので、エイヤッ!って彼女の家へ戻って、玄関先でパッと渡して帰りました。

結果、すごく喜んでくれて「美味しかったよ~!」って後からメッセージもらって、私もほっとしました。

 

やらない後悔よりやった後悔のほうが清々しい

普段こういうのを当たり前のようにさらっとしてる人からすると、それくらいで大げさだな~って思われるかもしれません。

でも、おせっかい恐怖症の私がこの一件で思ったことは、

やらないで「あれやったらよかった~」って後から後悔するより、おせっかいだと思われてもやって後悔するほうが清々しいな、ってことでした。

 

おせっかいは自己満足。

もちろん相手のことを考えなしに、自分基準の「よかれ」を押しつけるのは迷惑行為です。だからバランスは必要。

でも、相手のちょっとした笑顔を見たいがためにする「小さなおせっかい」は、これからもっと自分に許してあげたいなって思います。

 

相手のニーズにドンピシャじゃなくてもいいじゃん。

私が好きだってことが相手にバレバレでもいいじゃん。

自己満足でいいじゃん。

 

そう改めて自分に許してあげると、もっと自由に人に接することができそうな気がする、みのりなのでした。(←きょうのわんこ風)

 

 

それでは今日も、実り多き一日を!