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実り多き人生

早起き&片付け・断捨離で、自分らしい人生をつくるブログ

『未来は、えらべる!』バシャールと本田健さんの対談を読んで、子ども時代の苦い体験の意味を見つけた話。

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みのり(@minorijinsei) です。

最近、この本を何度も読んでいます。

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2010年に行われた本田健さんと宇宙存在、バシャールの対談を本にしたものです。

内容は会話形式でカンタンだし、全体の文章量もそんなに多くはないのだけれど、

バシャールが語ってくれる「運命」「お金」「豊かさ」「未来」などが、あまりにもぶっ飛んでいて、それでいて的確かつ本質的で…。

 

今まで偏った常識の中だけで生きてきた私にとっては、一度や二度読んだくらいでは頭で理解はできてもなかなか心が納得しきれません。

なので読んでてビリビリッと電流が走った部分に、写真のようにフセンを貼って何度も読み返しています。

っていうか、「ほぼフセン」なんですけどね。体じゅうに電流走りっぱなしですよ、もう…。

目次

いわゆる「スピリチュアル系」に苦手意識があったけど… 

私は昔から読書を趣味としていますが、社会人になってからのここ10数年間はビジネス書ばかり手にとっていました。

つい最近まで会社員として仕事中心の生活を送っていたので、仕事や仕事でのキャリア形成に役立ちそうな実用的&実践的な本を好んで読みました。

ある意味「仕事」というものを免罪符代わりにして、本を通して「仕事以外の自分の人生」とじっくり向き合うことから逃げていたともいえます。

 

なのでバシャールのような世間一般的に「宇宙系」「スピリチュアル系」と呼ばれるような「自分と、人生と(さらに宇宙と)向き合う系の本」は、ちょっとは気になりつつもどこか苦手意識があったんです。

 

苦手意識を感じた理由のもう一つは、本屋で見かける他の「スピリチュアル本」の必要以上のキラキラアピールに、どこかうさん臭さを感じてしまっていたんだと思います。

 

でも、ここ数ヶ月の間に自分の中で「人生で大事にしたいもの」がクリアになってきたこととで、昔から好きだった本田健さんとバシャールの対談にがぜん興味がわいてきました。

5年以上前の本ではあるけれど、今回こうして手にすることとなりました。

 

受ける衝撃が大きい本ほど、自分の中で消化しアウトプットするのに時間がかかる

ということをこの本を読んで知りました。

 

それでも!

稚拙ながらもなんとか文章にすることで、私自身がビリビリッときたように、この記事を読んでくれてる誰か一人でもこの本にビリビリッと来てもらえれば嬉しいな、と思いこの記事を書き始めました。

 

これから不定期で、本書の特に印象に残った箇所を少しずつ自分の中で咀嚼しながら紹介していきたいと思います。

 

その前に、バシャールって誰?

数年前からよく聞く「引き寄せの法則」とかに興味がある方は、バシャールのことは知っていると思います。

が、さっきの序文を読んで「バシャール誰それ?」ってなったノンスピリチュアル系の方々のために、本書の前書きで本田健さんが語ったバシャールについての紹介を引用しますね。

 バシャールは、宇宙存在です。アメリカ人のダリル・アンカという人の意識を通して、チャネリングという形で、私たちにメッセージを届けています。

(本田健さんとバシャールが初めて会った時は)

バシャールに限らず、チャネリング自体初めてだったので、バシャールとして話す時のダリルの動きを疑いの目で見ていました、「インチキくさいなぁ」と思っていましたし、だまされてなるものかという変なプライドもありました。

みなさんの中にも、同じように感じている人がいるかもしれません。

 

しかし、自分なりにバシャールの発信するメッセージを咀嚼していくうちに、そんなことは気にならなくなりました。メッセージの深さ、広がりに納得したからからです。また、自分の人生で実践していくうちに、信じられないような結果が出て、いまでは、そのメッセージの正当性は疑う余地がなくなりました。

 

とまぁ、これを読んでも「うさん臭い」と思う人は思うでしょうし、実は私もその中の一人だったりするんですが。

でもこの本を読み終わった頃には私のバシャールに対するそんな「うさん臭さ」はものの見事に消えていました。

 

だって言ってることがすごすぎるんですもの。

それに読んでるともうなんか無性にワクワクしてくるんです。

私は、自分の人生の中ではワクワクこそ正義だと思ってる部分があるので、これは間違いなく今の私に必要な本だと確信しました。

 

さらに驚くことに、私が今までずーっと心の底で考えていて、でもうまく答えを出せなかったことの一つひとつを、バシャールはこれでもか!というほど明確な言葉にして語ってくれていました。

 

で、やっと本題に入りますが、今日はその驚くほど明確で本質的なバシャールの話の内の一つを紹介したいと思います。

 

ビギナーズラックはなぜ起きるのか?

勝負事の世界でよく使われる「ビギナーズラック」という言葉。

パチンコや競馬に初めて行った日とか、野球の練習に初めて参加した日とか。

自分より経験の多い人から見て、「初めてなのにすごい結果出したね!」とか褒められた時なんかに、よくいいますよね。

「いや~、ビギナーズラックってやつですよ」って。

 

バシャールは本書の中で、これが起きる理由をとても分かりやすく説明してくれてました。

あることを初めてやろうとする人は、これからやることに対してまったく先入観を持ちません。

自分がいまからやることについて「そんなことは起こり得ない」という集合的な合意を信じていないのです。

大して何も知らないので、とりあえず自分がやりたいようにやると、まさに「自分の欲しかった結果」が得られます。

それが通常、初めての時に起きることです。

 

ここで出てくる「集合的な合意を信じていない」っていう言葉。

これは、世の中の大半の人が持っているであろう

「何かで結果を出すのはカンタンなことじゃない」

っていう固定概念のことかなぁ、と読んでいて私は思いました。

 

 けれどもし、「2回目、3回目、4回目はこうなるかもしれない」という観念を無意識に持っていると、そこで初めて観念の影響が出てきます。

別に本人の能力が変化したわけでもないのに、「能力が変化する」と思い込んでいるので、観念どおりの結果になるのです。

 

バシャールが語るこの「観念」についてカンタンに説明すると、

・「観念」とはその人が「心の底から信じていること」であり、私たちが現実世界で体験しているものは、全て「観念」が作り出している。

 

ということらしいです。

(もっというと、その「観念」が作り出している現実さえも、実は幻想である…という話を本書の中でバシャールはしてるんですけど、ここらへんは私もまだ説明できるほど頭と心両方での理解ができていないので、今回は触れません。)

 

だから、上に書いた

「何かで結果を出すのはカンタンなことじゃない」っていうのも、

世の中の多くの人が持っている「観念」であり、一番最初にその観念を持たずにビギナーズラックを体験した人も、2回目以降に「そんなに毎回カンタンにいくわけがない」という観念を持ってしまうがために、その後は結果をだせなくなる

ということだと、私はバシャールの話を解釈しました。

 

で、この「ビギナーズラック」についての話を読んだ時に、私の子ども時代のある苦い思い出が、頭の中にポン!と浮かんできたんです。

 

ビギナーズラックを受け入れなかった小2の私

私は子どもの頃、小2~中3にかけて珠算を習っていました。

最後の方はもう飽きちゃってサボってばかりだったけど、習い始めたばかりの頃は、玉をパチパチ弾くことで足し算の答えが簡単に出ることが純粋に楽しくて、毎日夢中で練習していました。

 

夢中でそろばん弾いてたら、思ったより早く上達してしまい、習い始めてから数ヶ月で、年に1回開催される地区の珠算大会に出場することになりました。

 

初めての大会出場に舞い上がりもしましたが、当時珠算の面白さにハマっていた私は、競技が始まるとものすごい集中力で次々にそろばんを弾いて答えを書いていきました。

 

小2の私は「小学校低学年の部」に出場していたんですが、珠算を習い始めて間もないのに予選で全問回答を連発して、あれよあれよと個人の決勝戦まで進んでしまいました。

 

自分でも訳のわからないまま決勝の競技が始まって、問題の紙を渡されました。

そこに書いてある数字をそろばんで弾き出した瞬間、私は気付きました。

「やばい、このままじゃ優勝してしまう!」

 

そう、これこそ、今思うにビギナーズラックだったんですよね。

 

珠算を始めたばかりの私は、ただ純粋にそろばんを弾くことを楽しんでいて、そこで結果を出すことの難しさなんて考えることもしなかった。

だから、「優勝」という結果があの瞬間についてこようとしてたんだと思います。

 

「ついてこようとしてた」と書いたのは…

お察しの通り、実際には「優勝」できなかったんですね。

いえ、正確に言うと「優勝することを私が拒んだ」わけですが…。

 

初めて出場した大会でいきなり決勝戦に進むという出来過ぎな展開に戸惑った小2の私は、

「このまま優勝してしまったら、なんかわからないけど大変なことになる!」

と思い、とっさに問題に対する答えの1つの数字を、

違う数字に書き換えました

 

結果、1問不正解で準優勝。

 

今現在の私からすると

「おいーーーーーーー!!!

何やっちゃてんだよぉぉぉぉーーーー!!!!」

と後ろから両肩をつかんで揺さぶり倒したくなるくらい、おバカで悲しい小2の頃の私なんですが。

 

ビギナーズラックを獲得する寸前に、

何かで結果を出すのはカンタンなことじゃない」観念に捕まるっていうね。

 

小2の時点でコレですから、私のその後の人生だいたいいつもこんな感じですよ。

珠算に関しても、自分から優勝を拒んだくせに優勝できなかったのがやっぱりメチャメチャ悔しくて、その後さらに練習に没頭するようになります。

 

翌年からは負け知らず(といっても田舎の狭い地域限定の話ですが)で、出るたび優勝とろふぃーとかもらいまくってました。

でも結局、中3の時に出た大会で、私が習っていた先生が自宅で毎日のように教えていた秘蔵っ子(中1)にコテンパンにやられました。

 

自宅では毎日珠算教室を開催していたその先生が週2回だけ出張として教えに来ていた、公民館教室でのいち生徒にすぎなかった私は、

そこで人生初めての挫折を味わい、半ば逃げるようにして珠算を辞めました。

 

多分ここでも「結果を出し続けるのはカンタンなことじゃない」

っていう自分自身の「観念」が、その通りの結果を産んだんだろうな、と。

 

「頑張らないと〇〇ない」という観念を持ち続けてきた私

思い返すと私は小さい頃から

「頑張らないといい大人になれないよ」という、どちらかというと教育熱心な母親の言葉を聞いて育ってきました。

 

「頑張らないと、勉強ができるようにはならない」

「頑張らないと、大きくなっていい学校には入れない」

「頑張らないと、何に対しても結果は出せない」

 

「頑張らないと、〇〇ない」という「観念」を当たり前のように自分の中に持って生きてきたんですね。

 

珠算を夢中でやっていた小2の頃の私は、ただ楽しいからやっていただけで「頑張っている」という意識はありませんでした。

だから楽しい事に夢中になって、前も見ずに歩き続けていく内に、

「頑張らなくても結果が出る」

という自分が信じているものと真逆の事実がいきなり目の前に現れて、怖くなって慌てて踵を返したんだと思います。

 

それはお母さんが言ってたことと違うから。

それはお母さんと私が信じている「観念」ではないから。

 

(※当時の私や母が特別依存関係にあったというわけではなく、幼少期の多くの子どもにとって親の持っている観念は「それが全て」と思えるほど絶対的信頼性のあるものだ、と私個人は思っています)

 

でも、踵を返した自分自身に対する違和感は心のどこかでずっと持ってた。

「本当に、頑張らないと結果は出ないの? いい大人になれないの?」って。

 

その問いに対しての答えを、それから約30年もの年月をかけて今やっと見つけたような気がしています。

 

自分の中の「観念」を見つける旅

バシャールは、「ビギナーズラック」について最後にこう語っています。

ひとつのことに何度も何度も成功している人は、少なくとも人生のその分野において、「その瞬間」に生きています

ただオープンで、「それをやることには何の問題もないし、確率も関係ない」と知っています。それで、何の観念も持たず、無心にやり続けているのです。

たとえ何らかの期待を抱いていたとしても、せいぜい、「もう一回成功するだろう」という程度です。わかりますか。

 

 …はい。バシャール先生、よくよくわかりました!

ただ…頭ではわかっても、実際に実行に移すのが難しいかも…。

な~んて思ってしまうこと自体が、「それは難しいという観念」を私が持っているという証拠なわけなんですねぇ。また一つ「観念」を見つけてしまった…。

 

こんな風に、自分が今まで生きてきた道の中で自分でも気づかずに拾って持ち続けてきた「観念」って、一体いくつあるんでしょうね。

 

私が今まさに向きあおうとしている、「これからの働き方」や「お金との関係」についても、この本を読んでいると自分の中にあるたくさんの「観念」に気づくことこそが、全ての始まりであるような気がしてきました。

 

これからまた本書をじっくり読み込んだ上で、毎日の暮らしの中で自分の中にある(まだ自分でも気づいていない)「観念」探しをしてみようと思います。

その一つひとつに気づいた時、私はどんなことを思うのだろう…。

うーん、なんか…ワクワクするっ…!

 

 

あなたは自分の中にどんな「観念」を持っていますか?