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実り多き人生

なりたい自分と未来をつくる、自分時間の作り方。

優しくされると出てしまう涙は、わたしがギュッと握りしめてるものを「手放しても大丈夫」と教えてくれてる。

カラダとココロを整える
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息子の入院を知った保育園のママ友が
心配してメールをくれた。

 

そこに書かれた言葉に彼女の優しさを感じて、
状況報告と、大丈夫だよ!って返事を送りながら
なぜか泣いている自分に気がついた。

 
人から優しくされた時。
わたしの心の中で感情が生まれるより先に、
勝手に目から涙が出てきて戸惑うことがある。
 
【目次】

昔から、優しくされると涙がでてしまう

後ろ姿の女の子

小学生のころ、ケンカの仲裁で。

小学生の時、クラスの男子と女子のケンカを止めようとしたら
勢いあまった男子から頬を殴られた。

 

わたしが吹っ飛んだことでその場はザワついて空気が変わり
ケンカもそこでおさまった。
 
痛みに耐えながらもケンカを止めれたことにホッとして
わたしは笑っていた。
 
でもそれを見ていた一人の子がわたしに駆け寄ってきて、
「大丈夫?痛かったやろー!赤くなってるもん、ほら!」
と、わたしの頬に優しく触れた。

その瞬間、わたしは号泣してしまった。
 
泣きながらとても恥ずかしかった。
声をかけてくれた子の優しさにふれながら、
同時に恨めしく思った。
 
この子が声さえかけてこなければ
わたしはみんなの前で泣いたりせずにすんだのに。
 

独身時代、仕事にのめり込んでいた時期。

定期ミーティングで上司から優しい言葉をかけられた。
「頑張ってるね、でも無理はしすぎないで」
 
上司からすると何気ない一言だったはずなのに
それを聞いた瞬間わたしは泣いてしまった。
 
自分では頑張っているつもりも
無理をしてるつもりもまったくなかったのに
上司の言葉に心より先に体が反応した。
 
これもすごく恥ずかしかった。
 
人から優しくされて勝手に涙が出てくるまで
自分の追いつめられた状態に気づけない。
 
わたしの心の愚鈍さが恥ずかしかった。
 
いい年して、自分の心の状態を把握できずに
外からの働きかけに依存するなんて、大人失格だと思った。
 

優しくされて、涙がでるのは悪いこと?

それでもわたしは同じことを何度も何度も繰り返してきた。
 
ふとした時に優しくされて、泣いてしまう。
なぜかわからないけど涙が出てくる。
そしてそんな自分を恥じる。
 
ママ友にメールをもらって涙が出た時も
そんな自分に「またか…」と嫌気がさしながら、でもふと考えた。
 
優しくされて、涙がでるのはわたしにとっては恥ずかしいこと。
でもそれは、そんなに悪いことだろうか?
 

涙は「手放しても大丈夫」というしるし

勝手に出てくる涙は、
感情よりも強くわたしに何かを語りかけてくる。
 
わたしが今無意識に、両手でぎゅっと握りしめているもの。
それがないとわたしはダメだと思い込んでるけど、
その思い込みがわたしを追い詰めていることに自分では気づけない。
 
人の優しい言葉と、それを受けて出てくる涙は、
「それ、手を放しても大丈夫なやつだよ」
と教えてくれている。
 
その証拠に、不覚の涙に恥を感じながらも
泣いた後は必ず気持ちがストンと落ち着いているわたしがいる。
 
憑き物が落ちたかのようにスッキリした内側を感じる。
 
だから
優しくされて涙がでるのは、
恥ずかしいけど悪いことじゃない。
 

泣くごとに、手放していく過程と快感を味わう

本当はね。
本当は、人に頼らずに自分で要らないものをパッと手放せる人間でいたい。
 
だけどわたしがそうなるまでには、まだまだ修行が必要で。
たぶん
人前で泣くことへの羞恥心がなくなれば
勝手に涙が出てくること自体なくなる気がする。
 
 
そこに至るまでの修行を
気づかせてくれるわたしのまわりの優しい人達に
感謝しながら続けていきたい。
 
お!また涙がでたぞ。
今度のわたしはどんな要らないものを握りしめてるんだろう?
って面白がりながら。
 
泣いてしまう自分に
「泣いてもいいよ〜」って自分でOKだしながら。
 
一つひとつ、手放していく過程とその快感を味わおう。
 
 
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