実り多き人生

早起き&片付け・断捨離で、自分らしい人生をつくるブログ

ブログは未来の自分へのメッセージ!自分の書いた過去記事に勇気をもらった日。

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いつもは1日1記事更新だけでアップアップな私ですが。

最近時間に余裕があるときは、ブログのカスタマイズにもちょこちょこ手を出すようになりました。

 

少しづつ読んで下さる方が増えてきているので、もっと記事を読んでもらいたいなと思いまして。

アドセンスなんかも始めて、初心者なりにネットビジネスについて研究をしたりもしています。

 

それでとうとう、今まで「ブログの恥は書き捨て」とばかりに、書いた勢いで更新ボタンを押したら最後、それまで一度も読み返すことのなかったこのブログの過去記事にも手を加えていくこと

を決意しました!

目次

昨日の記事ですら読むのが恥ずかしい

このブログを初めて2か月。

書いてる文体にも表れてると思うけど、1日1日文章を書き重ねるごとに、飾らないリラックスした気持ちで書けるようになってきたなーって思います。

 

最初の方とか、多分文章も固くて、(今もだけど)今よりもっとキリッ!とまじめな感じだと思います。ちゃんとしなきゃ!感満載。

それがなんだかすごく恥ずかしいんですよね。

正直言うと、前日書いた記事ですら恥ずかしすぎて今まで全く読み返せてなかったです、私。

 

でもですよ。記事数が少しづつ増えてくると、

「この記事読んで気に入ってくれたらこれもぜひ読んでほしいな~」なんて、欲が出てくるんですよね。

 

そしたらやっぱり、わざわざ過去記事まで読んでくれた人に、ちょっとでもプラスになるような記事を!ってなるし、

勢い90%で書いてきた荒削りの過去記事をちゃんと見直して、見出しなり文章の運び方なりを初心者なりに工夫しよう!って思うわけです。

 

そんなわけで、恥ずかしさにギャフー!ってなりながらも、いくつかの過去記事を読み返してみることに。

 

みのり、自分で書いた過去記事に勇気もらったってよ。

人様が読んでどうおもうかはこの際置いといて、めちゃくちゃ主観的な話なんですが。

「私って、ほんとにスナオな人間だなー。」

って思いましたよ。

えぇ、前から素直さだけは自他ともに認める私の長所だと思ってますけど。

 

心の中で思ってないことは言えないし、書けないんですよね。

だから過去記事で書いてることって、ありのままの自分なんです。

 

文章の稚拙さからくる恥ずかしさは別として、(実際読んで見たら文章力の進化のなさに逆に白目)

その素直な文章になんか、読んでて勇気をもらってしまいました。

 

一番最初に書いたこの記事とか。 

www.minorijinsei.com

 

そうそう、このブログを始めた一番の理由は、この切羽詰まった気持ちに背中を押さたからだったんだよな~、と。

 

ちょっと攻めてる感じのタイトルのこの記事も。

www.minorijinsei.com

だけど、夫に「妻子ありだから」って、家族を言い訳に自分の人生から逃げて欲しくない。

恐怖よりも、最終的にはそっちの思いの方が勝っていたんです。

 

会社を退職した夫が転職活動をするのに私が「待った!」をかけたとき。

収入の途絶える恐怖にガクプルしながらも、それでもなお世間の常識からはみ出す決意をしたときの気持ちが書いてありました。

 

過去に書いた「こう思う」「こうなりたい」という思いが今の私を作っている

思えばここ2か月間は、こんな風に思ったことをそのまま言葉にして、ブログという形でアウトプットを続けた日々だったなぁ。

そしてそれが私の次の新しい行動へと繋がっていったんだ、と過去記事を読んで思いました。

 

干からびず変化し続ける自分であるためにブログを書き続けてきたし、それを続けるために早起きの習慣を身に付けたり。

www.minorijinsei.com

 

 夫にやりたいことをする人生を送ってほしくて、でも今の私の夫への関わり方じゃダメだって気づいて、サレ妻(サレンダード・ワイフ)をはじめてみたり。

www.minorijinsei.com

 

どれも私自身にとってはとても大きな変化です。

ただひたすら仕事家事育児に流され続けて「干からびそう」って思ってた頃とは別人のように、「毎日を主体的に生きている」という実感があります。

 

 そしてその全てが、過去記事に書いてきた「こう思う!こうなりたい!」っていう純粋な気持ちを出発点としてるんだってことに気づいたんです。

 

慣れない文章を書き続けるのに四苦八苦した2か月間だったけど、それでも自分の思いを書き続けてきて良かった。

 

その時々の思いが記事として残ってるから、迷いそうになった時に

「私はこれが好きだから、こうしたいんだよ」って教えてくれる。

なんのためにそれをやってるのかって原点に、いつでも立ち戻れる気がします。

 

未来の自分、そして自分以外の誰か一人へ向けて書き続ける

だからブログは未来の自分へのメッセージでもあると思うんです。

その時自分にできる精一杯の表現で、ありのままに思いを書いていれば、きっと未来の自分にいつかは届く。

 

そしてなお書き続けていれば、その思いを受けとってくれる自分以外の誰かもいずれきっと現れる。

その誰か一人が「このブログがあってよかった」って思ってくれるように、自分自身を変化させながらもっともっと書き続ける。

 

もちろんたくさんの人に読んでほしいという欲はあるけれど、誰だってなんだって、最初の一歩は自分と、自分以外の誰か一人にきちんと思いを届けられるかだと思うので。

 

そうやって書き続けることで変化する自分に、これからもワクワクしながら生きていきたい。

 

イケダハヤトさんもこの本の中でこう語ってます。 

「書く」という行為は、資格も、体力も、肩書きも、学歴も、もちろん資金もいりません。

誰でも、何歳からでも、人生を好転させることができる方法。それが「書く」ということなのです。

 

 

「書く」ことは、現状の自分の人生を好転させる力を持ってます。

 

毎日、他人のブログを読むだけで終っているあなた。(それはまさに2か月前の私)

まずは未来の自分のために、少しずつでも書いてみませんか?

ブログって読むだけより、自分で書いた方が断然楽しいよ!

 

  

それでは今日も、実り多き一日を!